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【コピペ】某窓際放送局社員の独り言“ウチの局がこんなになってしまった経緯”

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  2010年10月01日  | 0comments  | コピペ>コピペ・AA(未整理)_



394 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/09/21(火) 09:22:19 ID:v2/h4Mq2
42 名前:名無しさん@十一周年[] 投稿日:2010/09/17(金) 21:15:56 ID:MJ7YU9wV0

某窓際放送局社員の独り言“ウチの局がこんなになってしまった経緯”

(1)1960年代〜
  テレビ放送が始まってまもなくの頃、放送中のちょっとした言葉づかいの問題
  (例えば「朝鮮民主主義人民共和国」を“北朝鮮”と呼んでしまった、など)に対して、
  朝鮮総連から会社及び経営幹部の自宅に対して脅迫に近い抗議行動が繰り返される。
  抗議行動に対する「手打ち」として、採用枠に“在日枠”が密かに設けられる。総連幹部
  の子弟を中心に入社試験無し(カタチだけの面接)での採用が毎年続く。在日枠の密約
  を所轄官庁に対して内密にしてもらうよう局側から総連に「お願い」をしてさらに弱みを
  握られるなど、素人のような甘い対応で身動きがとれなくなっていく。

(2)1970年代〜
  政府を叩きさえすれば世論が喝采する狂った時代。在日社員の「反日番組」を
  「権力に対するペンの戦い」「調査報道」と勘違いした経営幹部が社内で在日を
  積極登用。「日本人社員と在日社員に昇進の差別があってはならない」などと
  理想論を述べたのは良かったが、結果を見れば昇進差別をしなかったのは甘い
  日本人幹部だけで、課長、部長と昇進した在日社員は、帰化した在日二世を
  理不尽なまでに優遇する逆差別人事を徹底。異を唱えた日本人社員は徹底的に
  マークされ、営業や総務など番組制作の第一線から退けられる。

(3)1980年代〜90年代
  昇進した在日社員が主要な報道番組のプロデューサーや報道局長など、決定的
  なポストを占める。某サヨク週刊誌の在日編集長をキャスターに迎えたニュース
  番組が、学生時代に学生運動に没頭した団塊の世代の視聴者の支持により高い
  視聴率を得る。1989年の参議院議員選挙では「土井社会党」「マドンナブーム」
  を「消費税反対キャンペーン」で徹底的に援護。地すべり的な勝利で、政権交代や
  社会党出身の村山内閣の誕生につなげる。




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posted by J・P・ポポナレフ at 05:00 2010年10月01日 | Comment(0) | TrackBack(0) | コピペ>コピペ・AA(未整理)_ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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